昨日(17日)の日「春秋」で、小林秀雄の言葉がとりあげられていました。批評の極意として彼が言う「その人の身になって言葉を見つける」というものです。これは「小林秀雄の言葉」として、ここで紹介しました。http://3and1-ryo.blogspot.com/2010/12/blog-post_03.html
石原伸晃が反原発の動きを「ヒステリーといったこと、そして管直人首相の「菅の顔をみたくなければ法案を通したほうがいい」とかいったことに対して、この小林秀雄の言葉を持ってきたのですが、どうにもそのきっかけが情けない・・・。
石原氏の場合は、単なる言葉選びの間違い。言いたいことは「感情的」ということだと思いますが、「ヒステリー」ではちょっと酷い。首相の場合は、他人を小馬鹿にしたような言葉ですね。まあこの両者とも同じ穴の狢ですな。言葉は、それを発する人によって重くもなるし、軽くもなる。だから、言葉の力によって人を動かそうとする政治家は、言葉選びに慎重になるより前に、「修身」が必要になる
のですよ。
「修身平家治国平天下」。これを忘れて政治家たる資格なし。「春秋」子も、こんな低レベルな人間をあげつらうのに、この小林の言葉はピントはずれだと思う。
今日はこれまで。
石原伸晃が反原発の動きを「ヒステリーといったこと、そして管直人首相の「菅の顔をみたくなければ法案を通したほうがいい」とかいったことに対して、この小林秀雄の言葉を持ってきたのですが、どうにもそのきっかけが情けない・・・。
石原氏の場合は、単なる言葉選びの間違い。言いたいことは「感情的」ということだと思いますが、「ヒステリー」ではちょっと酷い。首相の場合は、他人を小馬鹿にしたような言葉ですね。まあこの両者とも同じ穴の狢ですな。言葉は、それを発する人によって重くもなるし、軽くもなる。だから、言葉の力によって人を動かそうとする政治家は、言葉選びに慎重になるより前に、「修身」が必要になる
のですよ。
「修身平家治国平天下」。これを忘れて政治家たる資格なし。「春秋」子も、こんな低レベルな人間をあげつらうのに、この小林の言葉はピントはずれだと思う。
今日はこれまで。
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