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2011年6月30日木曜日

9ヶ月

昨年の9月から毎日記事を更新し続け、本日で9ヶ月が終了しました。よくもここまで続いたものだと思いますが、さすがに最近は書くことがなくなってきた。政治ネタが多いしね。人の批判だけしていればいいわけですから、これは楽チンです。

昨日の暑さはたまらなかった・・・。まだ梅雨明けもしていないのに、朝から猛暑でじりじりした。ほんとにこれまでの日本列島の「夏」というものが完全に様変わりしたと思いますね。僕が子供のころはこんなに暑くなかった。いや、ほんの10年くらいまでもこれほどではなかったと思います。

なのに、社会の服装コードは昔のまんま。今年は節電の影響でスーパークールビズなんて言ってますが、もう夏のそれを完全に変えるべきだと思いますね。NHKは未だにネクタイ締めてるし・・・。

考えると腹がたってくるのですが、なぜあれだけの偏向報道をしている放送局に受信料なるものを払わねばならぬか、どうにも納得できない・・・。



早いもので明日から7月。

今日はこれまで。

2011年6月29日水曜日

怪物

書きたくとはないと重いつつも、どうにも書かずにはおられない・・・。

菅直人首相に対してです。いやはや、もう四面楚歌とかいう状態ではないですね。全くの袋小路に自ら入り込んだとしかいいようがない。でも、本人はけろっとしているようで、相当に面の皮が厚いんですね。

日本では、権力と金銭に淡白なことが尊ばれてきました。権力を誇示したり、その地位に綿々としがみついたりすることは、「潔くない」とされていたのではなかったか・・・。しかるに、今の首相たるや一体何という有様だ。

自らの任期中に、これだけは成し遂げねばならないというその決意のみは推量するにやぶさかではありませんが、その中身には断じて否といわねばなりません。

奇しくも、経団連会長がエネルギー問題という国の重要な施策を拙速で決めてはいかんと、首相を批判していますが、まさにその通りですね。「再生エネルギー法案」なるものにご執心らしいですが、そんな大事なものを、僅か1~2ヶ月の論議で決めてしまっていいわけがない。

もうそんなことでさえ、正常な常識ある判断ができなくなっているのでしょうか?

最近は、新聞であの人の顔を見るたびに嫌悪感がしてたまりません。まさに権力の亡者と化した怪物のような気がしています。人智では測れない・・・。だから、その怪物のなすことですから、原発を争点とした解散もありえますよきっと。怪物には人間界の常識など通じないのですからね。

今日はこれまで。



2011年6月28日火曜日

誄詞

誄詞。

「るいし」と読みます。

死者の生前の功徳を讃えてその死を悲しむといった意味です。かつて、三島由紀夫は「尊敬する歴史上の人物は?」と尋ねられると、「二二六事件の将校たちと特攻隊員」と答えていました。

その顰に倣っていえば、僕は日本人の、民族としてと日本の国家としてそれ(誄詞)を手向けるべきは、まさしく特攻隊員たちもその中の一群だろうと思っています。

6月23日。沖縄戦終結の日として慰霊祭が毎年行われています。そこでいわれることは、「戦争の惨禍を繰り返さない」「戦争は絶対反対」ということのみで、さらにいえば慰霊の相手も「沖縄県民」が主であり、沖縄を守備した軍人たちは従のような気がしています。僕の勝手な思い込みかもしれませんが、もしかしたら、「軍人」たちは慰霊の対象になっていないのかも・・・。

陸海軍併せてのいわゆる「特別攻撃隊」は、沖縄を守るための戦いがそのピークでした。鹿屋、知覧などを代表とするの九各地の飛行行場から沖縄周辺海域にいた米海軍機動部隊を撃滅するための捨て身の策だったのです。

沖縄では「ひめゆり部隊」の献身があります。まだ15歳前後の彼女たちの命がけの献身も、日本人が語り継ぐ歴史であり、誄詞を手向けるものでもあると思います。

しかしながら、その勇気と義務と献身を讃える言葉は皆無といえます。語られる彼女たちは決まって「戦争の犠牲者」でしかないのです。

こんなおかしなことがあっていいのか!

確かに悲劇は悲劇である。しかし、悲劇は何も彼女たちだけを襲ったものではない。当時の日本人全員を等しく襲った悲劇であり、もっというなら日本の国家こそがそれに見舞われたのです。

そこで、繰り広げられた様々な人間模様。卑怯卑劣な振る舞いも多くあったでしょう。それとは逆に文字通り命がけの勇気と義務と献身が多くの人を救おうとしたことも多くあったのです。

僕は思います。そういった人間の美徳を教えずに、「道徳」教育など可能なことなのかと。

そんな題材は五万とあるにもかかわらず、「戦争」というと「不戦の誓い」だとか「平和」だとか、それしか言うべき言葉がないというのも、「思考停止」そのもの・・・。

今日はこれまで。


2011年6月27日月曜日

四面楚歌

「四面に楚歌の声を聞く」

この故事(十八史略)から採られた言葉は、まさしく今の菅総理の境遇といえるでしょう。ただし、本人はそれをわかっているのかどうか・・・。

党執行部だけでなく、政府中枢からも早期退陣を求める声が挙がってはもうおしまいなのに、どこまで居座るつもりなのでしょう。

前原前外務大臣は、彼の「脱原発」を「急激な振り子の振れにあわせた政治ををやってはいけない」とポピリュズムを批判され、ほんとに立つ瀬がないとはまさにこのこと。所詮、市民運動家あがりの人間に一国の総理など務まるわけもなく、第一菅直人には何のビジョンも、明確な国家観もないわけで、ただ人の批判だけを、舌鋒するどくやってのけるのに長けていただけの人。しかも、その鋭い舌鋒を部下にまで向けているというのだから、どうしようもない・・・。

彼を総理にした人は責任を感じてほしいよ・・・。

今日はこれまで。

きょうは

2011年6月26日日曜日

国民が主人なら・・・

福沢諭吉は「学問のすすめ」で「政府は国民の名代である」として、そのための「学問」を説いた。

それにならって言えば、政府はあくまでも国民の「名代」であるのだから、主人は国民ということになり、ならばその主人としての責任をいかにかすべきというのが、僕が今日書こうと思っていることだ。

最近よくここでも書いているが、「選ぶ側の責任」ということ。これは「主人としての責任」と言い換えることが可能だ。民主党政権になって、1年と9カ月。民主党はいかなる政策効果を発揮したのだろうか?震災前のことだけでもいい。彼らは一体何をしたのだろう。真っ先に挙げねばならないのは、沖縄の米軍基地をほぼ固定化させてしまったこと。これは未だに解決の道筋すらつけることができない。その責任は非常に思い。彼らが金科玉条のように言い募るマニフェストなるものにしても、完全な形で実現できているのは、高校の無料化くらいではないかしら・・・。不完全な形で施行されているこども手当も、国民からは「ばらまき」として反対する声も多い。


選ばれた側、つまりは「名代」は失策が続けば次の選挙で落選という憂き目にあう。問題は主人の側の責任だ。

先の衆院選での比例代表。民主党の得票総数は約3,000万票だそうだ。小選挙区での得票数は目をつむる。党ではなく、個人に期待した人も多いと思うからだ。なので、比例で「民主党」と投票した人全員が、今のこの政権の体たらくに対する反省、責任として1人100円の罰金を支払ったらどうだろう。あっという間に30億円が集まる。

もちろん、集まったお金は義援金として被災地に寄付するのだ。1000円なら300億円だぞ。

なんてことはできないのかなぁ・・・。

今日はこれまで。


2011年6月25日土曜日

Lady GAGA

うちの娘も知っているくらい彼女は日本で有名になりましたね。今回の来日で行われた記者会見で日本の復興のことに触れ、感極まって涙を流したんだとか・・・。写真が出てました。

震災直後の彼女の「チャリティブレスレット」には驚きました。僅か1日か2日後でしたからね。彼女は偉いなぁ・・・。どうせなら被災地でコンサートをやってくれたらもっとよかったのに。

昨日(24日)の読売新聞の朝刊に世界のセレブから寄せられた日本への応援メッセージがTシャツになったものがでてました。全面広告です。ユニクロが販売するらしい。収益は寄付するとのことです。

中でもベッカムの奥さんの寄せたメッセージにはジーンときた。

As a family we send our thorghts and prayers to the people of Japan.
Your dignity in the face of such tragedy has been truly inspirational.
Love and hope..

(日本の皆様へ、私たち家族よりお悔やみとお見舞いを申し上げます。このような悲しい出来事に直面しても礼を保つ皆様の品格に、感動を覚えます。愛と希望を。)

というものでした。すばらしいメッセージではありませんか。

今日はこれまで。



2011年6月24日金曜日

しぶとい

居座る総理大臣。

もうなんというか、文字にするにも気分悪くなる。ただ一人意気軒昂なんだとか・・・。その理由も、彼を激励にきた市民団体幹部との会談の後で、余計に「再生エネルギー法案を絶対成立させる」とボルテージが挙がったというのですから、僕にとっては非常に恐ろしい。

マスコミが名づけるところの「市民団体」なるものは、ほとんどが「愚民団体」だと僕は思っているのですが、基本的に彼らはシングルイシューで争うだけのもので、それを通して何もかもを判断する。二項対立の幼児の世界観で物事をみる。特定のイデオロギーでものをみる。僕からみれば、とても良識ある庶民とは思えないのです。

仮にも一国の総理が、そんな連中とまだ付き合いがあるとは・・・。僕にとっては全く理解不能です。
いや、むべなるかな・・・。自身の来歴もそこにあったわけですからね。

深い学識と教養にあふれ、歴史に深い愛着を持ち、正しい言葉遣いでもって、万人を感化する。そんな理想の「哲人」政治家の出現を望むのは、まさしく幼児のないものねだりでしかないのだろう。

前総理といい、現総理といいほんとに僕を不快にさせてくれる。

今日はこれまで。