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2011年5月14日土曜日

言いたいこと2つ

昨日13日の読売新聞夕刊の記事によると、環境省では「スーパークールビズ」と称して、省内で執務する時に限りJeansとTシャツ、サンダルでも認めるんだとか。まあ、当然でしょうね。僕は常々日本の夏の気候にネクタイなんぞとんでもないと思っていましたし、ましてやこの夏の強制的な節電の中ではできるだけ涼しい格好を認めるのも当然でしょう。

で、気になるのがテレビ局のアナウンサーです。 照明で気温は相当に高いはずなのに、ネクタイ、ジャケット着用で涼しい顔をしているのは、よほど冷房が効いているからでしょう。彼らもネクタイを外すことをして、率先して「時代がかわった」ことを知らしめるべきだと思います。

2つ目。
国民の理解が得られない
というセリフを枝野官房長官が使いました。金融機関は東電向けの債権を放棄せよという発言ででてきたことです。金融機関にとっては「?」でしょうね。その根拠として国民みんなが我慢しているのに、金融機関だけは何もせずでは・・・といってそのセリフが出てきたのです。

彼はやはり仙石の子分だけあって、その心性は根っからの社会主義者なんですね。とにかく巨大な私企業の正当な経済活動までをも、ただ利益が巨額だからという理由で憎んでいるように思います。

彼ら=民主党は、国民の理解が得られていない「こども手当」だとか「高速道路無料化」だとかの政策を金科玉条のようにし、はっきりとはひっこめてこなかったではないですか。そのことと、自身の言ったセリフをどう整合させるのか。明らかな二枚舌です。アホ!

もっと言えばですよ、「国民の理解が得らない」とかいうセリフを使うのならば、世論調査で半数近いひとが「衆院解散」を望んでいるのは明らかなのに、それをしないのはまさしく「国民の理解がえられない」ことにならないか?

書いているうちに、心底腹が立ってきたので、今日はこれまで。

更新途切れる・・・トホホ

昨年の9月6日から毎日書き続けていたこのブログですが、昨日13日の金曜日はブログが更新できないのみならず、12日木曜日にアップした文章も途中で落ちてしまって、2日間空いてしまったことになりました。Google Bloggerのメンテナンスによりアクセスできなかったことによります。12日の分も落ちてしまったことが悔しいなぁ・・・。

何ともあっけない・・・。僕の努力と記録は一瞬にして途切れてしまいました。


今はこれまでにしておきます。

民尊官卑

官尊民卑だといって、官僚やら役所を責め立てる人がいますね。未だ公務員を税金ドロボーという人もいるのでびっくりします。この心性は怨望以外のなにものでもないと感じています。

しかしながら、この国ではタイトルのごとく民尊官卑なのではないかと思います。正確にいうならば、「私権を制限できない公権」の危うさを言っています。そもそもそれができない公の権力とはいついかなる時に発揮すべきなのかがわかりません。



話は直接的にはつながりません。

自衛隊のイージス艦と漁船の衝突事故で、事故当時当直士官だった2名が無罪となりました。僕は刑事告訴されているなどということく知りませんでした。既に海上自衛隊は非を認めていますね。海難審判とかで、護衛艦の過失を認定したわけです。

刑事告訴された2名の、この判決理由をみると、検察が決め手とした衝突事故直前の航跡図を、「信用ならない」としています。また検察がやってくれたと思いましたね・・・。全く酷い話だ。

それと、漁船で亡くなられた遺族の関係者が記者会見で言っていたセリフ

100%向こう(護衛艦)が悪いとは思わないけど、無罪はないだろう

これが気に障って仕方ありません。そしてこれをニュースとしてそのまま流すマスコミの姿勢・・・。

これは刑事裁判ですので、有罪か無罪かでしかありません。過失割合をとうものではないからです。疑わしきは罰せずの原則もあるし、挙げられた証拠の信憑性に疑問符がつけば無罪にせざるを得ないのです。遺族関係者としての感情はわかりますが筋がとおらない。 もっといえば間違っています。

これを流すマスコミは、公=権力はいつも悪で、民はいつも被害者であるといった図式なのでしょう。もういい加減にしろ、というのが僕の気持。さっさと「戦後」の思想から抜け出さないと、いつの間にか世の中に置いていかれるぞ・・・。

今日はこれまで。

2011年5月11日水曜日

恩返し

前に、「東北・関東で大地震 番外編」としてパプアニューギニアからも義援金が届けられたことをご紹介しました。

http://3and1-ryo.blogspot.com/2011/04/826.html

ソースは読売新聞なのですが、その記事を読んだ71歳の男性がその恩返しとして30万円を現地へ寄付したことが、パプアニューギニアで話題になっているとのこと。

10日の読売新聞に出てました。

この男性は、「日本国民からの感謝としたい」と、氏名の公表を拒んでいるらしいです。何とも清々しい話です。政治や社会の混乱も、この男性のこうした心根の前ではもうどうでもいいことのように思えてしまいます。

30万円は現地では児童100人以上の年間教育費に相当するのだとか。現地の学校では驚きと感謝の声が上がっていると記事は伝えています。

パプアニューギニアは、大東亜戦争中約20万人の日本人が斃れた地です。そのほとんどが餓死だったとされている痛ましい地なのですよ。パプアニューギニア東部に上陸した日本軍は、人跡未踏のジャングルで覆われた山岳地帯を抜けて西部の連合軍の拠点ポートモレスビーを攻略しようとしたわけですが、 何と彼らには詳細な地図がなかったのです。縮尺の大きな地図を渡され、ただそこに線が引かれて、その距離から作戦日数を決められるという、むちゃくちゃもここに極まれりといった命令で、多くの日本兵が敵と戦う前に餓死と熱帯特有のマラリヤなどの病気で死んでいったのです。

ちなみに山本五十六連合艦隊司令長官の乗機が撃墜されたブーゲンビル島はパプアニューギニアの領内にあります。

この国に国軍ができて以来、九州と東北の兵隊は強いというのが定説で、事実それに恥じないような強さを見せていました。

「剛毅朴訥仁に近し」とは論語の言葉ですが、定めし東北人はその典型かもしれませんね。

今日はこれまで。

2011年5月10日火曜日

英断なのか?

6日の金曜日の夜でしたか、菅総理は突然浜岡原発の運転休止を要請したとの記者会見を行いましたね。ニュース速報でながれ、一体何事かと思いました。

記者会見では、87%の確率で想定されるM8クラスの地震に伴う津波対策が不十分なので、当面の間原発をとめると・・・。まあこんな趣旨でしたかね。


僕の第一印象として、活断層の上だか何だかしらないが、そのリスクはそもそも建設する時に分かっていたはずで、それを承知の上で建設したのだから、今頃高確率の巨大地震に備えて云々では、今まで説明してきたことと矛盾するだろうということ。

さらに言うなら、福島原発の事故は津波による電源喪失で原子炉の緊急冷却機能がすべて失われたことによります。想定される東海沖地震よりも強いM9の地震による揺れで、福島の原発は見事に緊急停止したわけです。しかし、その後の対策がお粗末だった・・・。この責任はきつく問われるべきでしょう。

したがって、浜岡原発に限らず国内すべての原発での安全対策を点検するのなら、津波による電源喪失の危険性があるや否やで、もしある場合には、防潮堤をつくることではなく、緊急電源を津波から守るための建屋の補強だとか、そういうことになると思うのだけど。違うのかな?

原子力反対を唱える人びとは、これで完全に勢いづくし、もし彼らが日本国中の原子力発電の即時休止を裁判沙汰にしたら、浜岡原発だけは特別だという政府の言い分を、法律の専門家は認めることができるのだろうか。

新聞情報しか知らぬ素人の僕でさえ、パッとでてくるこんな素朴な疑問、それが出るような決断を果たして「英断」と言えるのだろうか?


2011年5月9日月曜日

カナヘビ再び

昨日は、2日遅れの立夏といった気候でしたね。
午前中、家の窓からアジサイの葉の上で日向ぼっこをしている2匹のカナヘビを見つけました。


娘に見つかってしまったのが運のつき・・・。

さっそく網で捕まえられてしまい、今は2匹とも土を敷き詰めた水槽のなかです。
2年ほど前に、写真つきでカナヘビのことを書きました。

http://3and1-ryo.blogspot.com/2009/06/blog-post_28.html

ここで、「恐竜の子孫」という言い方をしたのですが、これ間違いですね。
姿かたちは似ていますが、恐竜とトカゲは「種」としては全く別物でした。

さて、今年のカナヘビはどのくらい生きてくれるのやら・・・。

今日はこれまで。

2011年5月8日日曜日

公職選挙法

違反で、僕の選挙区でトップ当選した市議会議員が書類送検、その議員は既に市議会議長に辞表を提出したとか・・・。何でも選挙の告知前に選挙運動をした、具体的には投票をお願いしますという文書を有権者に郵送したことが違反になるとのこと。

何ともアホなことを。というのが僕の感想です。僕はその彼には投票しませんでしたが、彼の主張していることはすべて正しいと思っていました。主張というか、もっぱら市の政策の批判でしたけどね。そうそう、彼は現職議員として2期目の当選を目指していたのです。トップ当選したことから、彼の主張してきた批判に賛同する人が非常に多かったということでしょうね。

ただ、彼の欠点は人の政策の批判ばかりして、自らはどうしたいのかを一切語らなかったこと。政治家としては致命的ですね。誰もそれを助言するブレーンがいなかったのでしょうか?

さらに言うなら、彼は落選して捲土重来を期しながら、地元のタクシー運転手をやって庶民の暮らしがいかに大変かを身にしみて実感したと。その思いから当選後の歳費の何割かはすべて福祉関係に寄付していると自らの選挙公報に出していました。彼はその「市民目線」が売りの一つだった。これなども、どうもなぁ・・・と思わざるを得ませんね。その市民目線なるものが果たして正しいのか否かを疑うこともなく、それがまるで金科玉条のようになっている。彼のいう「市民」は群れをなせば「大衆」というものに堕することは明白なのにね。

もっと勉強してほしいわ、まだ若いんだから・・・。

今日はこれまで。