人気の投稿

2010年8月11日水曜日

65年前の終戦記念日を思う その8

「常に国家をこの世の地獄たらしめたものは、
まさしく人が極楽たらしめようとしたところのものであった」
18世紀 ドイツの詩人ヘルダーリン


 僕は寡聞にして知らないのですが、古今東西の世界のどこに、かつての植民地支配を謝罪する国があるのでしょうか?
イギリスはインドに謝罪したのでしょうか?オランダはインドネシアに謝罪したのでしょうか?はたまた、フランスはベトナムに、スペインはフィリピンに謝罪したのでしょうか?


 今の価値観で、かつての事実を断罪することに何の意味があるのでしょうか?


 朝鮮半島の例をいうならば、その半島は日本にとって国防上、大変重要にありながら、時の朝鮮政府は近代国家ではなく、朝鮮政府にそれを任せる事ができないから、併合したまでのことです。半島の政治的安定は、イギリス、アメリカなどの列強も等しくそれを認め、国際法上きちんと進められたことです。


 もちろん、今の時代なら到底許される事ではありません。ただ、20世紀初頭ではそれが極めて普通のことでした。なぜそれがわからないのでしょう?僅か10年前ほどの映画を見ても、街中で歩き煙草をする主人公は多く出てきます。今ならできそうにないことです。なぜ、10年前はそれができたのかを問えば、「その当時はそれが普通だったから」と回答するでしょう。今はできないけどと・・・。


 
 さて、現内閣の閣僚は、今年は一人も靖国神社へは参拝しないそうです。菅首相も明言してますね「参拝しない」と。何でも「アジア重視」だとか・・・。彼の言うアジアは具体的にどこのことを指しているのか明らかにしてほしいですが、靖国参拝にいちゃもんをつけてくる国は、韓国と中国しかありません。その2カ国をもって「アジア」などと、人を誤らせるような言い方は謹んでもらいたい。なんでも、参拝しない原因は「A級戦犯」が祀られているからだと・・・。即ち、「侵略戦争の責任者」が祀られているからだということが原因だというのです。


 A級戦犯として裁かれ、終身禁固刑を受けた賀屋興宣という、近衛、東条の両内閣で大蔵大臣を務めた人がいます。彼は、1955年に仮釈放されたあと政界に入り、池田内閣では法務大臣を務めています。昭和30年代ですね。彼が法務大臣として、日本国政府の閣僚となったのを、韓国や中国は問題視しませんでした。もちろん、日本国内でも問題視する声など皆無・・・。同じく重光葵(禁固7年)は、鳩山一郎内閣で外務大臣を務めています。鳩山一郎は、ご承知の通りうつろな目の御仁の祖父です。重光葵は、鳩山一郎と共同で日本民主党を結成した人物でもあります。うつろな目の御仁は、自身の祖父が「A級戦犯」とともに政党を結党したこと、外務大臣として「A級戦犯」を起用したことを、きちんと説明できるのでしょうか?


 昭和20年8月15日に、日本国軍隊は無条件降伏し、9月2日に停戦条約が結ばれました。日本の戦争状態が国際法上正式に終ったのは、昭和27年「サンフランシスコ平和条約」が発効した4月29日です。つまり、日本は停戦後7年に渡り国際法上は戦争状態にあったのです。その平和回復後、生き残った人々は極めて真っ当な感情を抱きます。それは、「戦争は終わったのに、未だ帰国できないシベリア抑留の人、戦犯裁判で裁かれ未だ獄中にある人を救いたい」と。また、戦犯とされて処刑された人の遺族は、公的扶助(恩給)の資格がなく、困窮にあえいでいることを救いたいと・・・。


 これは全国で4000万人もの署名が集められ、国会で正式に議決されることになります。即ち、「戦犯裁判で刑を受けた人は国内法の犯罪人とみなさない」「恩給支給の対象者とする」と、至極妥当な議決です。ですから、戦「犯」などと、「犯」という字を使うのは本来なら憚られることなのです。靖国神社では彼らを「法難者」「昭和殉難者」としています。


 こういう、事実をきちんと大新聞は報じてもらいたい。




 大新聞といえば、日経で「戦争と言論人」とかいう特集記事が組まれ始めて本日で第4回でした。初回は石橋湛山でしたね。東洋経済新報社を創設したジャーナリストで、当時から「小日本主義」を標榜して日本の大陸進出には批判的な人物でした。そういう人間をこの国の大マスコミは崇めますね・・・。しかし、その記事を書いた日経の記者は、石橋湛山が東京裁判において「日本が受けた経済的圧迫」と「貿易なしでは生きられない日本の姿」を弁護側の要請によって提出した事は知らなかったと思います(ちなみに、この資料は裁判所に却下されました。連合国に不利だからです)。本日の「菊竹六鼓」の説明記事には、「彼は植民地主義を認めていた」と石橋湛山と比較して彼を非難する一節があります。どうでも、この国の過去を断罪しないではおれない、しかも断罪してそれを謝罪させなければならないという、妙な感情とは一体何なのでしょうか?


 と、つらつら考えると、冒頭のヘルダーリンの言葉になったわけです。







2010年8月6日金曜日

65年前の終戦記念日を思う その7

 今日は、広島での平和祈念式典の日ですね。初めてアメリカから駐日大使が出席し、国連事務総長や、イギリス、フランスからも出席があるそうです。何れも初めてのこと・・・。何故、今この時期に初の出席となるのか?その真意はどこにあるのでしょうか。


 広島にはかつて仕事で延べ連続7日間の滞在を4回ほど繰り返したことがあります。仕事といってもほとんどがアルバイト管理だったので、昼間はよく市内をぶらぶらしてました。これ幸いとばかりに、こっそりと江田島の旧海軍兵学校まで足を伸ばしたこともあります。


 瀬戸内特有というのでしょうか、空気の重さが感じられるほどの蒸し暑さには閉口しました。


 広島平和記念公園内に、「安らかに眠ってください。あやまちは繰り返しませんから」と刻まれた碑があります。フィリピンはルバング島から30年ぶりに帰還した小野田さんが、それをみて「これはアメリカが書いたのか?」と発したのは有名な話・・・。


 8月6日に広島、9日に長崎とアメリカは2発も原爆を落とし、一瞬にして20万人以上の一般市民を虐殺しました。


 戦争はより多くを殺した方が勝利を得るという、およそこの世で考えられる中で一番残酷なものですが、それでもその中にはルールがあります。例えば、捕虜の扱い方や一般人の殺害を禁止するなどです。いわゆる戦争犯罪といわれるものは、このルール違反を問われたものです。


 東京裁判では、昭和12年12月から1月にかけて日本軍が国民党政府の首都南京で軍民20万人以上を虐殺したといわれる「南京大虐殺」なる事件が裁かれました。今では30万人以上と犠牲者の数が増えているようですが、これは大変不思議な事件で、当時日本軍と一緒に行動した日本の100名以上の報道関係者のほぼ全員が、現地で大虐殺があった事など、見た事も聞いた事もないと証言しています。しかしながら、裁判で集められた検察側の証拠は、すべて取り上げられたにもかかわらず、弁護側が提出した証拠はほとんどが却下され、しかも証人への反対尋問も完全に認められませんでした。


 仮にそれが事実だったとして、その年の7月から12月まで激戦を繰り返してきた軍隊の、狂気ともいえる見境のない殺人と、上空から投下レバーをひいて原子爆弾を落とした殺人に違いがあるのでしょうか。原子爆弾の投下だけにとどまらず、東京で一夜で10万人を殺害した東京大空襲も、同じように一般市民の殺害で戦争犯罪に問われるべきなのです。


 
 さて、フランス人でエマニュエル・トッドという学者(社会学者かな?)がいます。かなり日本でもその翻訳が出版されていますが、出版社は左翼系の藤原書店で、かなり反米的要素が強い本だと思います。僕は彼の著作を未だ読んだことはありません。最近、ネットで知ったのですが、その彼を朝日新聞が招いて講演してもらったらしいのですが、呼ばれた彼はこう言い放ったそうです。


「日本は唯一の被爆国として、世界で唯一の核保有国になる権利を有している。なぜ核を保有しないのか」


 朝日新聞は慌てたでしょうね・・・。


 

2010年8月5日木曜日

僕の国家観とマッカーサー証言

 本日の日経記事によれば、任期わずか6日間の参議院の当選議員に1か月分の歳費が出るのはおかしいとの声に、日割りで支給するという案が出されたそうですが、驚くことにすんなりとは決められなかったようです。当選新人議員の中には、「前の衆院選では任期2日で1カ月分が出たのに不公平ではないか」という声もあがったそうです!なんというあさましさなのでしょうか?そういう人間は実名を出してほしいと思います。「修身治国平天下」という言葉を知らないのでしょうね?そんな人間にこの国のことをとやかく言ってほしくないと思うのは、僕だけではないでしょう・・・。
 結局、今国会で成立したのは、「自主返納できる」ということになり、日割り計算を法案化することは次回の国会に持ち越されたそうです。大マスコミ様には、誰が自主返納し、誰が自主返納しなかったかを実名で報道してほしいと思います。




 さて、本題。


 今日は僕の考えている国家観みたいなものと、それに関連したマッカーサーの証言を紹介してみたいと思います。


 参院選の後にも思ったのですが、この国の政治家に限らず、言論一般は非常に内向きになっているような気がしています。外に関わり合う程の余裕が国内にないからでしょうか?景気は先行き不透明、国家財政は破綻しそう等々の内憂は、外へ向けての思考の回路を閉ざしているかのようです。そんな中で僕はこれからの日本はどのような国家であるべきなのかを、漠然とですが次のように思っています。


 私欲の為に弓矢は取らぬ。
 ただ筋目を持っていずこへも力を貸す」

 この上杉謙信の言葉は以前、ここでも紹介しましたが、僕はこの国はこうであるべきだろうと思っています。世界中のあらゆる困っている国々に援助の手を差し伸べる。軍事力の行使すらタブー視はしない。いうならば「道義国家」こそが、この国の理想像だと思っています。誤解のないように言っておきますが、「軍事力の行使」はある種の警察力の発動の一種だと考えて下さい。例えば、デンマークはアフガンへ兵力を派遣してます。非常に少数ですがね。「テロ根絶」は国際社会の務めだと思っているからです。僕は、日本もそうあるべきだと思っているのです。その基準は「筋目」、即ち「道義」でしょう。必要な国には医療も、食糧も、物資だけでなく人間もどんどん派遣して助けてあげればいいのです。国連が介入する紛争地域での停戦監視団には、どんどん自衛隊を出すべきでしょう。グラミン銀行みたいなものも、日本政府が出資して多くの貧しい国に作ってやればいい。そしてこの国の学校教育は、初等教育時から「道義」という、ようするに道徳観念を教えればいいのです。「人の役にたちなさない」と。僕は、教育というもの、特に初等教育においては、どんな国であるべきなのか、どんな国民であるべきなのかということが定まっていなければならないと思っています。

 この国に生きる1.2億人は、自国市場だけでその生存を賄えないのは、昭和初年からかわっていません。かつては、主食であるコメの自給率も低く、国外から輸入せざるを得ませんでしたから。海外から食糧を輸入するだけでなく、「一番」であるはずの「ものづくり」ですら、材料が輸入できなければ形にすらならないじゃないですか。ということは、世界が平和で経済・貿易に対する協調主義が世界のコンセンサスにないと息の根をとめられてしまうのです。かつてあった「貿易・関税に対する一般協定」通称GATTは、第二次大戦前の各国の保護主義的な経済政策が戦争の惨禍をもたらしたとする反省からつくられたのですよ。だから、世界の平和を担保するため、もうひとつは困っている国、人々を助けるという、道義に立脚した外交政策が、日本には必要だろうと思っています。もちろん、困っている国、人々を助ける裏には「資源外交」もあります。将来の資源を確保するためでもあります。

 さて、ここまで来てようやくマッカーサーの証言についてです。朝鮮戦争時、中国北部(かつての満州国)への進行と、原爆投下を進言して、トルーマン大統領に首をきられた彼は、帰国後米国議会の上院軍事外交合同委員会で次のように証言します。

「潜在的に日本の擁する労働力は量的に質的にも、私がこれまで接したいづれにも劣らぬ優秀なものです。(中略)これほど巨大な労働能力を持っているということは、彼らには何か働くための材料が必要だということを意味します。彼らは工場を建設し、労働力を有していました。しかし、彼らには手を加えるべき原料を得ることができませんでした。日本は絹産業以外には、固有の産物はほとんど何も無いのです。彼らは綿が無い、羊毛が無い、石油の産出が無い、錫が無い、ゴムが無い。その他実に多くの原料が欠如している。そしてそれら一切のものがアジアの海域には存在していたのです。もし、これらの原料の供給を断ち切られたら、一千万から一千二百万の失業者が発生するであろうことを彼らは恐れていました。したがって彼らが戦争に飛び込んでいった動機は、大部分が安全保障の必要に迫られてのことだったのです。」

 もう少し説明しますと、マッカーサーは、日本の経済的事情から、あの戦争は自衛戦争だったと証言したのですが、もうひとつ重要なことがあります。彼は、朝鮮戦争で怒涛のように押し寄せてきた中国軍を完全に押し返し、半島全体を共産主義から守るにためには、半島の根っこである中国東北部、かつての満州国の領土にまでおしださないと、安全が担保されないと軍事上の必要を認識したわけです。ちなみに、満州を日本が領有したのも、当時は日本の領土だった朝鮮半島をロシアから守るためというのがその理由の一つです。

 マッカーサーの証言した当時の日本の姿と、今の日本に大きな違いはあるでしょうか?本質的には何も変わっていません。変ったのは日本をとりまく世界の方です。ならば、このせっかく変わってくれた世界の、戦争の無い状態を未来永劫続けていくために、そして、世界が保護主義に走ることなく、自他共存できる経済環境の存続と発展にあらゆる努力をこの国はすべきだだと思いませんか?それは「核廃絶」を願うなどということとは全くの無縁のことです。



 

2010年8月4日水曜日

東京裁判について

 毎年8月15日になると、政治家の靖国神社参拝の記事がマスコミを賑わします。新しいところでは「8月15日に参拝する」と明言した小泉純一郎でしたね。確か、その前日にこっそり参拝したのではなかったですかね。


 マスコミがことさら「それ」を騒ぎたてる様になったのは、1985年の中曽根康弘総理時の中国の干渉が始まってからのことです。それ以前の歴代の総理大臣は、例外なくきちんと公式参拝をしてます。中国と韓国が「A級戦犯が祀られているから」という理由で、総理の参拝を許さないとかいういちゃもんをつけ続けてますが、A級戦犯の合祀は1978年に行われ、翌年に発表されています。それから1985年までの6年間は、その両国は黙ったままです。それが急に1985年から、不当な干渉を言い募るようになるのです。もう、25年間です。四半世紀にもわたる期間、この国のある意味、民族感情、宗教意識といっていいと思うそれを、外国にかき回され続け、きちんとその主張をしようともしない。もううんざりします。


 「政教分離に反する」とかいう声がありますね。靖国神社に総理や閣僚が参拝する事は、それに違反しているというのです。そういうことを言い募る人々は、この国の1兆円を超す税金が、キリスト教や、仏教を教育の柱とする大学などへ私学助成金として支払われていることになぜ反対しないのでしょうか?教育の根本に宗教があることは、世界中の常識ですね。新渡戸稲造が「武士道」を著したのも、「あなたの国の教育に宗教教育はないのか?それなら、人間教育をどうやって行うのだ?」と外国人に尋ねられ、「日本の人間教育は武士道によってなされると発見してからだと、冒頭に書いてあります。


 国際基督教大学は名前のとおりキリスト教をその建学の精神に置いています。専修大学は「専修念仏」という浄土宗の言葉でしょう。教育の根本に、宗教があるのは極めて自然なことだと思いますが、政教分離と声高に叫ぶ人々は、そういう教育機関への公費支出を反対しないのは論理矛盾ですね。支離滅裂・・・。


 僕は、総理大臣が参拝するのは当然だと思っていますし、その事について他国にとやかく言われる筋合いのものではないと思っています。ごちゃごちゃ言われるその原因が東京裁判でのA級被告云々だそうですが、その東京裁判自体が、いかにでたらめで、不公正で、不正義なものなのか、次回の3と1の会で皆さんに紹介して共に考えて頂きたいと思っています。


 次回第30回は8月26日です。

2010年7月31日土曜日

65年前の終戦記念日を思う その6

1990年代初頭の映画「メンフィスベル」です。


『無傷の"メンフィス・ベル"で最後の任務に飛び立つ、若き戦士たちの運命は…!』

1943年。イギリスの米軍基地は、ナチス・ドイツへのB-17による危険な白昼攻撃を繰り返していた。そんな中、その白昼攻撃を最後の任務として迎えることになった10人の若きクルーたちがいた。彼らが乗り込むのは、24回の出撃で唯一無傷を誇る戦闘機"メンフィス・ベル"。それでも撃墜の恐怖は消えるものではない…。それぞれの夢と不安を胸に、若者たちは、いまドイツ本土の激戦区へ向けて飛び立つ!



以上、アマゾンより

B17というのは、米軍の爆撃機です。日本を爆撃したのはこれではなくてB29です。「戦闘機 メンフィス・ベル」と出てきますが、戦闘機に10人乗りこめるわけなく、これは「爆撃機」の間違いです。この映画、なかなか面白かったので、皆さんにもお勧めします。

 このビデオを自宅で英国の友人と観た事があります。私としては、対ドイツ戦なので日本人の僕としても、英国の彼としても気まずい思いはしなくていいだろうなという思いがありました。劇中、主人公であるクルーの最後の出撃の前日、基地内で地元の女性も参加するダンスパーティがあるのです。アメリカの戦争映画ではよく出てくるシーンですね。

「おまえの国は戦争中にダンスして、娯楽があったんだなぁ」

と一人ごちた僕に、彼は「No dance party?」と目を丸くして僕に聞き返したのが印象的でした。つまり、彼は第二次大戦中の日本と、現在の日本のギャップを知るわけもないし、当時の日本でも、自分等の国と同じように戦争中とはいえ、休息も娯楽もあったはずと思ったわけです。

「ダンスどころか、食べるものも飲む水をなかったところが多かった。多くは死ぬまで帰れなかった」

「!!!」(外人特有の大きなジェスチャー付き)

と、こんなやりとりでした。僕は彼相手に熱く語ろうとは思っていませんでしたし、ただそんな状況でも戦ったかつての日本人を立派に思っただけです。


「撃つに弾なく、食うに米なく、飲むに水なし」

日本軍の戦線で日常的に見られた状況を表すとこうなります。
「父よあなたは強かった」という軍歌があります。

「敵の屍とともに寝て、泥水すすり草を食み」
という歌詞が出てきます。これを米国人に教えたところ、「これは前線の悲惨な状況を訴える反戦歌か?」という答えが返って来たと、阿川弘之の本に出ていました。

僕はよく思います。かつてのこの国の人間が受け入れなければならなかった運命の下、果たしてこの自分に父祖と同じような振る舞いができるのだろうかと・・・。極限の状態の中でリーダーシップを発揮できるのだろうか、任務を果たす事ができるのだろうかと・・・。


2010年7月30日金曜日

心の食物

ふらんすへ行きたしと思へども
ふらんすはあまりにも遠し
せめては新しき背広をきて
きままる旅にいでてみん。
汽車が山道をゆくとき
みずいろの窓によりかかりて
われひとりうれしきことをおもはむ
五月の朝のしののめの
うら若草のもえいづる心まかせに。


萩原朔太郎がこれを詠んだ大正時代には、一般庶民の海外渡航などは思いもよらぬことでした。今とは大違いですね。今は世界が狭くなりました。ただ、それがどれだけ僕らの人生を豊かにしたのかについては、疑問が残ります。「憧憬」は手に入れた刹那に「憧憬」ではなくなってしまうからです。心の中でずっと温めて続けている状態の方が幸せというような、ある種のつつしみみたいなものを一切、なくしてしまっていますからね、現在は。


若い時には旅をしろ、だとかよく言いますね。見聞を広めろとか・・・。僕はその言葉に否定的です。何の知識も、あこがれもなく、例えば海外へ旅へ出たって、心の中に残る事はそう多くはないと思うからです。逆に、常に自らを省みて沈思して心の中に「なにものか」を持っている人ならば、普段目にする何気ない日常の中に、海外で見る景色の素晴らしさ以上のものをみつける事ができるだろうと思うからです。




「われわれの人生に対する読書の意義は、一口で行ったら結局、『心の食物』という言葉が最もよく当たると思うのです」


「『心の食物』は、必ずしも読書に限られるわけではありません。いやしくもそれが、わが心を養い太らせてくれるものであれば、人生の色々な経験は、すべてこれ心の食物と言ってよいわけです。したがって、その意味からは、人生における深刻な経験は、たしかに読書以上に優れた心の養分と言えましょう。だが同時にここで注意を要することは、われわれの日常生活の中に宿る意味の深さは、主として読書の光に照らして、初めてこれを見出すことができるのであって、もし読書をしなかったら、いかに切実な人生経験といえども、真の深さは容易に気付きがたいとも言えましょう」


「ちょうど劇薬は、これをうまく生かせば良薬となりますが、もしこれを生かす道を知らなねば、かえって人々を損なうようなものです。同様に人生の深刻切実な経験といえども、もしこれを読書によって、教えの光に照らして見ない限り、いかに貴重な人生経験といえども、ひとりその意味がないばかりか、時には自他ともに傷つく結果ともなりましょう」


これは西田幾太郎の弟子であった森信三が「修身」の講義で述べた言葉です。


そういえば、カントの言葉にも「知識は経験とともに始まるが、思推思考がなければ盲目となる」がありますし、
論語の「学びて思わざれば即ちくらし 思いて学ばざれば即ち殆し」がありますが、ほぼ同様なことを言っていますね。


僕の読書の目的は、「この世の絶対の真実を知りたいがため」といえるかも知れません。そんなものはありはしないのかも知れませんが、それを究める途上に読書があるのかなと・・・。すなわち僕にとっては「読書」は修行の一つです。



2010年7月29日木曜日

「死刑」「人権」等々

 現法務大臣が、就任後初めて死刑を執行したことがニュースになっています。
その千葉恵子なる女史は、先の参院選で落選したまま大臣にとどまっており、その事について批判が多く出ています。閣僚は議員でなくても務めることができるので、それについてとやかく言うつもりはありませんが、彼女は名うての「死刑廃止論者」らしいですね。この時期に死刑を執行したことについては、痛くもない腹をさくぐられても致し方のないことだと思います。


 さて、新聞によれば世論調査で国民の85%は「死刑」に賛成しているそうですね。世の中の論調は何でもかんでも「民意民意」と騒ぎ立てていますが、それならばこの「民意」の結果を尊重すべきでしょう。しかしながら、僅か15%に過ぎない小数意見をなぜクローズアップするのか、僕にはよくわかりません。しかも、死刑廃止を叫ぶ人々は「人権運動家」とか言われています。「人権」って何だ?


 ニュースでもアムネスティの日本支部長とかいう女性が、「人間の命に関わる重要な決断」云々と、死刑の執行に関して落胆したとか言っていましたが、その支部長は罪なく殺された被害者の命に関しては、どう考えているのでしょうか?同じセリフを被害者の遺族に、面と向かって言えるのでしょうか?その彼女だけでなく、死刑廃止論者は必ず「国家が命を奪う」ということに対して、一様に疑義の念を差しはさんでいるようです。


 たとえ自分の家族が殺されても、その加害者を許すという、寛容で愛に満ちた人もいるにはいるでしょう。僕もそういう人を尊敬するにやぶさかではありませんが、それを万人に強制しようとするのは大きな間違いでしょう。仮に、死刑廃止論者が被害者の遺族に「死刑よりももっと辛い刑を与えるために」と、現行の「無期懲役」ではなく、「終身刑」を課そうと説得するのなら、僕もわかるのですよ。僕ならその説得には耳を貸しませんがね。でも、そうではないですよね、必ず命を国家が奪うのはよくないというのが、彼らの主張ですから。もちろん、無実の罪で死刑になる可能性は0にはなりません。裁判の錯誤は必ずあります。しかし、そうはいっても裁判というものを信用せざるを得ないのが、この社会に生きる人間の定め、悲しいかもしれませんが宿命です。近代というものは、個人から復讐権を取り上げ、国家にそれを与えました。世にはびこる「人権論者」は、その復讐権は「人権」の中には含まれないという理解なのでしょうか。僕には理解できません。


 毎週欠かさず見ていいた「クリミナルマインド」というアメリカのテレビドラマがあります。先日シーズン4の最終回でした。
89人ものホームレスやジャンキーをさらってきて、知的障害である自分の弟を利用して人体実験していた四肢麻痺で寝たきりの兄が、こう言うのです。「たとえ、陪審員が僕を有罪と認めて、僕が罪を負ったとして今の僕の境遇以上の罪があるのか?」と。米国は衆によっては死刑がありません。結局、その兄は妹を殺された遺族に撃ち殺されてしまいます。後味の悪いエンディングで、罪と罰についての根元的な問いを発している内容でした。


 
 根元的な内容といえば、この本です。




かなり売れていますね。この社会の様々な矛盾や対立をあげています。まだ全部読んでいませんが、これまでのところ、非常に面白い本ですよ。いつかこれを題材に議論できたらいいとは思いますね。


 この世の中に解ける矛盾や対立は非常に少ないのだなとわかります。