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2012年7月24日火曜日

5ヶ月ぶりの更新

精神衛生上、悪いことはわかっているのだが毎日新聞を読むようになってしまった。相も変わらずの二枚舌にはほんとに呆れてしまう。

消費税増税賛成
TPP参加賛成
規制緩和賛成

我が家の購読紙、日経・読売はそろってこうだ。まるで世の中に違う意見はないかのようだ。小沢一郎の離党に関しても否定的に論じている。その根拠は「国民に痛みを求めてこそ責任ある政治家だ」というもの。そういえば、民主党の前原何某(名前を書く価値もない)も、おんなじことを言って、小沢一郎の行動を批判してた。

民主党は、「消費税はあげない」「予算の組み替えによって財源は確保できる」と言って、政権をとったことを忘れているのだろうか?筋論からいえば小沢一郎の離党は正しい。しかし、新聞は小沢を批判する。

消費税増税は社会障費の増大に向けた布石らしい。ならば問う。消費税だけで社会保障費は賄えるのか?これだけ税収が落ち込み、その回復にむけての展望も開けないのに、とりやすいところからのみの税収を補填の手段とするのは、どこかおかしくないのだろうか?

税収を上げるための積極財政、つまりは国債を発行しての公共投資。これも立派な政策のひとつだろう。しかし、新聞は増税こそが唯一の道であるとして反対意見を書かない。

新聞は同じ口でTPP参加交渉を急げという。少子高齢化で縮小する国内のみでは成長は無理だという。それホントか?パイが縮小するなら金額を増やせばいいだろうに・・・。

テレビによく出る元官僚、古賀何某・・・。彼はこんなことをテレビで言ってたな。

「年収200万円クラスが多くなっているから、もっと安い米が必要。だからTPP賛成」

僕には冗談としか思えなかった。まず考えるべきは年収200万円クラスの年収を増やすことだろう。それが政治家の役目であるし、テレビに出て知識人ヅラする人間のマナーではないのだろうか?しかも、TPPなんぞに参加したら、海外から安価な製品が大量に入ってきて、デフレは進みますます賃金は低下するのが必定・・・。

規制緩和こそが成長の地ならしだという。だから、規制緩和は必須だと。

一方、先日の観光バスの死傷事故に関しては、規制を復活、強化せよと正反対のことをいう。いったい、その二枚舌は何なんだ?

そういえば、これからのエネルギー政策に関して「広く国民の意見を問う」ということを政府はしているらしい。原子力の比率を3段階に分けた選択肢を提示しているらしいが・・・。

その公聴会?の模様はテレビでみた。

「たかが電気のために命が危険にさらされるのはおかしい・・・」

と発言している人がいた。看過できない妄言だと僕は思った。発言者の頭の中には原子力への危険性のみしかなく、それがこういう物言いになったと思うが、彼の言う「たかが電気」のために、たとえば黒四ダムは171人の死者を出しての完成だ。「電気の安定供給」という使命のために命を落とした人にむかって「たかが」などという蔑称じみた言葉を「電気」につけるのは考えてもおかしいだろう。想像力の欠如。感情論の極みだ。

前にも書いたけどね、たった一度の敗戦で戦争を考えなくなり、今回の原子力の事故で原子力はもういらないとなるといった状況は、幼児の頭だと僕には思えてならない。




2012年2月28日火曜日

あまりにも低レベル

何のことかというと、橋下大阪市長のいう「維新」とか「船中八策」とか・・・。もういい加減にそんな中身のない空虚な言葉使いからは脱却すべきだとつくづく思う。

なんで、こういう言葉に弱いんだろう?

詳しくは知らないけど、何でもその維新塾とかに3000人を超す人が応募したとか・・・。はっきりいいたい。一体彼から何を学ぶのだろうか?

僕は橋下氏個人は好きでも嫌いでもなく、どちらかといえば、彼の勇気と行動力には敬意を表するが、所詮はそれだけ。船中八策の中身にいたっては噴飯モノだ。

首相公選制?

今、この期におよんで一体なにを馬鹿なことをいいだすのか。史上最低最悪の鳩山、菅の二人の総理の就任当時の人気の高さと、実際の能力のギャップをもう忘れたのか?首相公選制など、人気投票に過ぎないのは明らかなのに、そんなことを「維新」の中身というつもりだろうか?

えらそうな物言いになってしまうが、僕にはどうも遊戯にしか思えない。人が集まれば、志を同じくする人が集まれば、世の中を変えることができるとは、僕も若かりし頃は思ったが、今となってはそれも空しいと思うのみ。それは「すばらしい戦略があれば企業の業績は上向く」と馬鹿の一つ覚えになって「戦略」という言葉を乱用して夢見て、結局は淘汰される日本の数多の企業と同じこと。

幼児の世界観としか僕には思えないんだな。

これもこの社会の反映だと思うと、哀しくもあり、あきらめの感すら覚える。

2012年1月31日火曜日

ぼんやりした不安

本日(1月31日)の日経社説には


人口推計は貧困な少子化対策への警告だ 


と題した記事が書かれていた。

野田政権は新人口推計を貧困な少子化対策への警告と受け止め、出生率をもっと高めるための具体策を打ち出す責任がある。

ともあった。僕にはどうもピンとこないのだ。なぜ出生率が上向かないのか?これはこの国の将来に対するぼんやりした不安からではないだろうか?小手先の策を弄してもおそらく何の効果もあるまい。

ぼんやりした不安・・・。

例えば、学校教育。

僕の住んでいる地域でさえ、公立に対する不信感は相当根深い。経済的に余裕があれば、誰しもが私立へ行かせたいと思っていると思う。僕のうちでもそうだ。中学校からは私立へ行かせたいという気持ちがないわけではない。

大きな問題は「公教育」に不信感がある国に未来などないということ。

誤解を恐れずにいえば、学校教育というのは確固たる「国のかたち」があって始めてなりたつものと思う。この国にはもはやそれがない・・・。

それを正す具体策などあろうはずがない・・・。

2012年1月2日月曜日

寿ぐことには・・・

2012 平成24年 

目を覆いたくなるような出来事があり、それによって痛みを感じている人が多くいると思うと、なかなか今年の明けは「おめでとう」とはいえない気がした。

一昨年の10月から昨年9月まで毎日ブログを更新していたせいか、今年の年賀状は何を書くかで非常に頭を悩ませてしまった。

その結果辿りついたのは、ドナルド・キーンの帰化の話題だった。それに触れるに震災後に日本人がみせた世界から賞賛された姿に触れなければならず、ここで一度書いたとはいえ、あらためて書き記すのにもいいだろうと思った。

ということで、以下が本年の賀状文面。


平成24年(皇紀2072年)

昨年、88歳にして日本に帰化したドナルド・キーンは、戦争中日本語の語学将校として、戦場に残された日本兵の日記を分析することが任務であった。戦争終了後、彼は高見順の「敗戦日記」と出会い、その中の一節、「私は彼らと共に生き、共に死のうと思った」に衝撃を受ける。空襲で焼け出され、東京を離れる汽車を待つ人々で大混雑する駅で見た人々の整然とした姿をみての高見の感想である。そうしてキーンは日本文学の研究者となるのだ。

3.11。あの大津波は、文明の営みを嘲笑うかのようにみえた。誰しもが想像だにしなかった大津波だった。「想定外」という言葉をどれだけ目にし、どれだけ耳にしたかわからない。一方で震災直後から整然と秩序だった対応をみせた被災した人々の姿は、全世界が驚愕と賞賛の目をもって見つめた。「日本人」について、世界がそのような目を向けたのは初めてのことではない。その嚆矢は「この国はわが魂のよろこび」と書いたフランシスコ・ザビエル。もっと下って、幕末から明治初頭にかけて来日した多くの外国人たちだ。例えば明治10年に大森貝塚を発見したことで知られるエドワード・モースは、「自分の国で人道の名において道徳的教訓の重荷になっている善徳や品性を、日本人が生れながらに持っている」とまで書いている。その頃来日した外国人にとって、当時の日本の文明はまさに「この世の楽園」(英国人写真家H・G・ポンティング)と形容するのにも躊躇しないものだった。

鬼怒鳴門(キーン・ドナルド)は、震災後の日本人の姿をみて若き頃に出会った高見の日記と同じ感慨を奇しくも抱くことになった。その巡り会わせは当の本人でさえ思いもしなかったにことに違いない。人の世の不思議で奇妙なそれでいて素晴らしい縁である。

今日はこれまで

2011年12月13日火曜日

ある時代の哀しみ

酒巻の奴、死んでくれないかなぁ。クラスの恥だからなぁ。

というつぶやきを、若き艦爆パイロットだった豊田穣は同期生から聞いたらしい。昭和17年のこと。

先日、NHKで「真珠湾からの帰還」というドラマをやっていた。僕は観なかったが、その主人公はここでいう酒巻和男。酒巻は、海軍兵学校68期卒で、戦後直木賞作家となる豊田の同期だった。

酒巻は真珠湾内に潜航して攻撃をかける5艇の特殊潜航艇のうちの1艇の指揮官であったのだが、攻撃は失敗。艇は座礁して彼だけは米軍に囚われ捕虜となる。

それが日本に知られて、冒頭の同期生のつぶやきとなったわけだ。

そして、そのつぶやきを聞いた豊田自身も昭和18年に自らの乗機が被弾、ソロモン海で漂流しているところを米軍にとらえられて捕虜となる。乗機の爆撃手だった部下の一言、

死んでもいいですか!

の声に、

待て!

と反応してしまったという。そして豊田は、その後同期生酒巻と米国本国の捕虜収容所で再会する・・・。


「特殊帰還者」

終戦後、祖国に帰ってきた彼らに対して陰で言われる言葉はこれであった。直木賞を受賞することになった豊田は「捕虜になったくせに」という他人からの侮蔑、蔑み・・・そういった誹謗中傷からは無縁ではなかった。また、彼自身がそのことによる「なにものか」から終生離れることはできなかった。

死ぬべきときに死ななかった苦しみ

それが豊田を、そして酒巻をずっとしばっていたに違いない・・・。

酒巻は、実業界に入りブラジルトヨタの社長にまでなる。彼は日本に居場所がないと感じたのか・・・。それは、おそらく

「私は捕虜になった身だから」

といって、昭和天皇の御前に立つことを厭うた大岡昇平と同じような心情だったかも知れない。

召集された大岡と、海軍の幹部養成機関であった海軍兵学校卒の豊田、酒巻とはまったく、取り巻く環境が異なる・・・。後者での「捕虜」という言葉が意味するものは、世間一般よりもはるかに厳しいのではなかったか。


「命」がかくも軽んじられた時代は、おそらく古今東西をみてもかつてのこの国にしかないのではないか。僕はそう思える。

ただ、そういう哀しい時代があって、世の中が戦後の経済成長に浮かれている時でさえ、その時代の呪縛から逃れられぬ人がいたという事実を、ただそれだけを深く心に留めておきたいと思うのみ。

今日はこれまで。

2011年11月15日火曜日

自家撞着(でたらめもいい加減にしろ!)

本日(11月15日)の日経トップ記事。

TPP世界経済の4割


の文字が躍っています。まったくふざけた記事です!割合だけは確かにその通りです。日本が参加を表明し、カナダとメキシコが参加を表明したことを受けて、全部で12カ国になった結果が4割だというのです。

その数字は嘘ではありません。ただし、日米2カ国だけで世界経済にしめる割合が既に約30%だということをおそらく故意に書いてありません。Wikiによると、IMFが試算した2011年の世界経済の規模は単位が$US10億ドルで70,012、アメリカが15,065、日本が5,855です。

つまり、他の10カ国の経済規模が世界経済に占める割合は僅か10%でしかないのです。

カナダ、メキシコが参加したからといって、一挙にTPP参加国の経済規模が上がったわけではない!その2カ国での経済規模は2,944(単位同)でしかなく、同比率は僅か4%に過ぎない。しかも、その2カ国とも既にアメリカとはNAFTAにより自由貿易状態にある。したがって、その2カ国も輸出の標的は間違いなく日本であることは明白だ。

カナダ、メキシコはNAFTAでアメリカにやられた仕返しを日本にやり返そうとしているのですよ。それも、彼らは何も言う必要がない。だって、アメリカが日本の全てを壊してくれるから。

タネ本は忘れましたが、カナダの農業はNAFTAによって小規模農家は駆逐され、生産額の8割がアメリカ資本の企業なのです。したがって「赤毛のアン」でみるようなのどかな農家の物語りとは全く縁遠いのが実際のところ。



さて、記事にはこんなことが臆面もなく書かれている。

これまで「米国と小国の連合体」の色彩が強かったTPPだが、日本を含めた3カ国が加われば、経済規模は一気に世界の4割を占める

間違いなく断言できるのは、これまで交渉参加を嘘八百のでたらめを書いて煽ってきた日経はTPP参加交渉国を「「米国と小国の連合体」」とは一言も書いていなかったこと。今になって本当の姿を書いています。だって、そんなこと書いたら、「世界の潮流に乗り遅れるな」とか、「国際的自由貿易の枠組み」という言葉とは明らかに矛盾するからね。それが今になって何を言っているんだ!


さらに第一生命経済研究所のチーフエコノミストの口から、こんなことも語らせています。

中国並みの成長市場へのアクセスが容易になる

何でも日本を除く11カ国の今後5年間の経済成長率は中国に匹敵するとかで、この文章を載せているのですが、おいおいちょっと待て!その成長の原資は内需なのか外需なのかを書いていないじゃないか!外需で経済成長を為している国に、輸出なんぞできるのか?しかも、アメリカを除けば残り10カ国の市場規模なんぞたかがしれているだろう。

こんなことを平気で書く専門家がいかに馬鹿なのかがよくわかる。成長市場とかいう普通名詞に完全にだまされているんだね。

さらに続けます。

「日本、カナダ、メキシコのTPP参加交渉参加を歓迎する。米国で数万人の雇用を生み出す画期的な出来事だ」

とオバマ大統領の言葉を載せてますが、これなど米国で数万人の雇用を生むということは、裏返せばこの3カ国から同じだけの失業者を生むということ。しかも、カナダ、メキシコとはすでにNAFTAがある以上、このオバマ大統領の言葉の裏には標的は日本しかないということがすぐにわかる。


あきれ果ててものがいえない。きちんと事実を書け!


僕は、最近ここでしつこいくらいに書いてきた新聞の報道姿勢だけでなく、今までの社会認識のパラダイムが完全に変わらざるを得ない衝撃の事実を知ってしまった。これは、次回3と1で皆さんにご紹介したいと思います。

まさに信じがたい、正確にいうと信じたくないという思いです。

今日はこれまで。






2011年11月13日日曜日

だからいわんこっちゃない!

本日二度目の投稿です。

Yahooのヘッドラインニュースみまたしたか?


日米首脳会談 オバマ大統領、非関税障壁撤廃求める 今後の厳しい交渉暗示される場面も

野田首相は12日、ハワイでアメリカのオバマ大統領と会談し、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)の交渉参加に向け、関係国との協議に入る意向を伝えた。(フジテレビ系(FNN))
[記事全文]

ということが早くも出てきました。TPPなんぞ国を滅ぼす元だと反対している人たちにとってみれば

「だからいわんこっちゃない!」という冒頭の言葉になります。

非関税障壁とは、要するにアメリカの気に食わないこと全てが当てはまります。例えば、アメリカ車は左ハンドルなのに、日本は右ハンドルなのはけしからんとかね・・・。これは極端な例ですけど、ほんとに何でもありなんだよ。

比較的知られた話では、日本の高速道路で二人乗りが認められるようになったのは、アメリカが日本に提出した年次改革要望書にそれがあったから・・・。日本でハーレーが思ったよりうも売れないのは、その制限のせいだということで、アメリカの業界団体がアメリカ政府に圧力をかけて、その圧力がアメリカ政府から日本政府にかけられたということ。高速道路での二輪車の二人乗りの禁止というのも彼らのいう非関税障壁なわけだ。

政府や推進派が言っていた「保険診療は交渉分野に入っていない」という言葉は、もうすでに「でたらめ」だったことが明白。アメリカはここぞとばかりにたたみかけてきますよ。日本の商慣行の全てを標的にしますね。間違いなく!それが交渉分野に入っていなかったのは、そこに日本市場がなかったからにすぎません。

簡単に想像がつくのは、今の「エコカー減税」についてのいちゃもんですね。アメ車はその恩恵を受ける車種がありませんので、それも「非関税障壁」になるでしょう。また、車検制度とかもその俎上にのぼるかも知れません。


これは松尾さんから聞いた話ですが、今のSuicaはソニーの技術が採用されているらしいのですが、これは全世界を対象にプロポーザル形式で募集したらしいですね。その際の技術基準が

「非接触型で0.2秒以内に情報を読み取れること」

だったのですが、これにアメリカ企業はかみついたらしいですよ。

「そんなことができるわけがない。日本の企業は実現不可能な技術を条件に参入ハードルをあげているに違いない」とね。これも彼らの目には「非関税障壁」に映ったのです。

ところが、こういわれたJR側は慌てずにこう切り替えしたらしい。

「ラッシュ時の新宿駅の改札をみてきてください。0.2秒以内に情報を読みとらなければどんな事態になるかがわかります。」

アメリカ企業は納得したらしいですがね。

オバマ政権は輸出倍増戦略を掲げ、なりふりかまわず輸出攻勢を仕掛けてくるでしょう。そんな中に日本がのこのこ出て行くのは、ほんとに焚き火の中にまきを背負って飛び込むようなものだ。

なぜ、こんなことがわからないのか?

今日はこれまで。




ほくそ笑む

これまで、問題を矮小化して幼児のような二項対立の世界観でもって、無責任なでたらめな論説でその参加の旗振り役を務めてきたマスコミは、してやったりでしょうね・・・。

交渉に参加すると野田首相が明言してしまいましたから・・・。

この期に及んでも新聞は正気とは思えないことを書いてます。例えば、「アジアとアメリカの橋渡しとなって、有利な条件を勝ち取るように交渉せよ」とかね。

宮沢・クリントン時代から始まった「年次改革要望書」は、日本だけが一方的にそれを飲まされている事実を何故にマスコミは公表しない?対米通商交渉は、古くは繊維から始まって牛肉・オレンジの交渉まで、常に日本が譲歩し続けている事実をなぜ問題視しない?

おそらく、それを知らせてしまったらアメリカとの有利な交渉など進められっこないということを皆が知ってしまうからだろう。都合の悪い事実は伏せるのは彼らの常套手段。

大体、国の安全保障という国家存立の首根っこをアメリカに抑えられているのに、そのアメリカ様に対等な交渉ができると思うことが間違っているだろう・・・。

特に、マスコミがこぞっていう「アジア」(実はアジアなんてほとんどない)の国々は、台頭する中国への押さえとして皆アメリカの軍事力に頼っているんだぞ。日本と組んでそのアメリカにたてつく国などあるわけがないだろう・・・。

もう何度書いたかわからないけど、ほんとにその報道姿勢にはあきれてしまう。国を売ろうとしているとしか考えられない。

今日はこれまで。


2011年11月11日金曜日

想定外もしくは予想外

震災以降、「想定外」という言葉をよく耳にするようになりました。


さて、オリンパスの事件が世を賑わせています。決して後知恵ではなく、外国人社長が突然の解任となった事件の直後に、「会社ぐるみで何かを隠しているな」と直感しました。あの直後に明らかにされた買収の仲介会社への巨額の報酬はただ事ではないし、しかも「適切に会計処理した」と再任された社長が強弁するに及んで「ますます怪しい」と思いました。

案の定です。

もう、何とも言葉がないなというのが率直な感想です。おそらく菊川社長と、その2代前くらいの社長たちは、株主代表訴訟を起こされるでしょう。晩節を汚すのも極まれりといったとこ。

「自殺でもしたほうがいい」

と、父親は言い放ちました。僕もその罪万死に値すると思います。

テレビで意見を問われる弁護士やらは、「ガバナンスの問題」とか、すぐに組織の問題を口にします。僕が思うに、「彼らに公徳がなかったから」というだけの問題だと思います。それを隠蔽し続けた組織の体質ではなく、そのトップには「社」の徳があって、「公」の徳がなかっただけのことです。

とはいえ、法律を犯した罪人であっても、家庭や地域では善良な人、しかも社会的地位のある人であったわけで、決して極悪非道な人ではなかったはず。しかるに、なぜ「会社」という組織ではその「私」なり「公」なりの「徳」が覆い隠されるのか・・・。僕はそんなことを考えてしまいます。

したがって、彼らを弁護しようとは思いませんが、声高に断罪したりすることにも違和感があります。個人のそれが、時に何かに流され、押しつぶされ、心の奥底に沈めざるを得ないこともあるというのは組織に生きる人ならば皆思い当たるだろうから・・・。

この国ではその「何か」が「空気」なわけですね・・・。

それを感じ取れなかった外国人社長が、初めてそれを口にして大騒ぎとなった。

あの外国人社長は、菊川社長が連れてきたのではないの?だとしたら、菊川社長は内心忸怩たる思いでしょうね・・・。

飼い犬に手をかまれたということですね。おそらく彼にしてみれば「予想外」のこと。

これも人生の不思議さですね。

今日はこれまで。


2011年11月7日月曜日

秋は夕暮れ・・・

ここのところ、めっきりと秋が深まってきました。

昨年はちょうどこの頃、「柿」についていろいろ書いていたのを思い出します。

今年はというと・・・。日が暮れ行くさまのもの悲しさに心をうたれます。

秋は、夕暮。夕日のさして、山の端(は)いと近うなりたるに、烏の寝どころへ行くとて、三つ四つ、二つ三つなど、飛び急ぐさへあはれなり。まいてなどの連ねたるがいと小さく見ゆるは、いとをかし。日入り果てて、風の音、虫の音など、はたいふべきにあらず。

僕が感じる秋への思いは、1000年以上前に清少納言が言っていたことですね。彼女がみた秋の風景と、僕のみることのできる秋のそれは、明らかにことなりますが、それが映し出す心象は同じものだといえるのかも知れません。

今日はこれまで。

2011年11月4日金曜日

たまに新聞を開いてみれば・・・

やはり不愉快にならざるを得ない・・・。

テレビのニュースもそうです。例えばギリシャの財政危機問題。決まって言われるのは日本は対GDPでみた「国」の借金がギリシャよりも大きいと、危機感を煽るような言い方です。「国」と括弧でくくったのは、三橋貴明が言うように正確には「政府」の借金であって「国」のではないということを至極妥当なものだと思うから・・・。

大体、借金額の多寡だけを論じるのは大きな間違いだということに気がつかないのだろうか?資産1億円の人の2億円の借金と、資産100万円の人の1億円の借金ではどちらがまずい状況かはすぐにわかる。それは借金額の多寡ではない。しかるに、報道も、さらには国会議員ですら額の多寡だけを問題にして危機感を煽っている。これは正しい姿なのか?

本日(4日)、驚いたのは日経の5面。

内閣府の発表した2.7兆円の効果。TPP参加した場合の数字です。同記事にはこうあります。

中立的な立場から内閣府が提示した試算は、「10年後の実質GDPは2.7兆押円し上げられる」。単純計算した累積押し上げ額は13.5兆円。年1兆3,500億円の効果となる。

僕にはこの計算の意味がわからない。10年後に2.7兆円となるのに、それに10をかけるのか?正しくは10年後に2.7兆円になるから、単純計算して年に2,700億円の押し上げ効果ではないのか?

さらに、相変わらず「試算には単純な関税撤廃効果だけで、アジアの今後の成長を織り込んでいない」とか書いている始末。だから、どこの「アジア」なのか教えてくれ!

日経だけでなく、読売もそうなのだが、TPPへの参加を国家の安全保障の観点から説いている記事が多い。

その主張のおかしなところは、そういう主張と同じ口で「交渉が不利になったら離脱すればよい」とかいってること。とにかく「安全保障」という観点があるのなら、離脱などおかしいではないか?

歴史を知らぬ、戦史を知らぬ人に教えよう。経済の結びつきなど戦争防止には何の役にも立たないのだと・・・。

第一次大戦時の各国の経済的結びつきは今よりもずっと強い。
1913年の主要国のGDPに占める輸出の割合は以下の通り。()内は1993年の値。

英:33.9(19.4)
仏:13.8(16.5)
独:19.2(23.1)
ベルギー:57.1(52.9)
伊:12.4(18.5)
日:14.2(8.4)
米:7.2(7.2)
豪:42.2(12.3)

出所「戦場の未来」ジョージ・フリードマン&メレディス・フリードマン


世界は二度の大戦を経てグローバル化したのではなく、その前からそうだったのだ。もちろん、金融・投資の面では当時は今とは比較できないが、あくまでも製品輸出だけでも、今と変わらぬほど密接なつながりがあったのだ。

この歴史を鏡とするなら、たんなる経済上の取り決めが安全保障にも極めて重要だという主張には留保がつけられるべきだと僕は思う。


そういえば、伊藤元重という東大教授がこんなことをTPP参加推進者の集会で述べていたのをテレビでみて唖然とした。いわく「国を閉ざして繁栄した国は私の知る限りない」と・・・。

自国民の食料のほとんどを輸入に頼っているこの国が「閉ざ」されているなどとはいえないだろうというのが、第1点の僕の疑問。第2の疑問は江戸の鎖国政策は270年にも及ぶ平和な期間を生み出し、世界にも類を見ない「非支配層が文化を生み出した」という歴史があるではないか。それは繁栄とはいわないのか?ということ。いい加減に江戸時代は暗黒だったという虚妄から目を覚ませといいたい。

僕は、この伊藤元重という人の本を数冊持っていたので、非常にがっかりしました。

今日はこれまで。


2011年11月1日火曜日

不愉快

最近、ここ2週間ばかり新聞には目を通さなくなりました。
正確に言うと、番組欄とスポーツ欄だけはみていますが、主要記事満載の1面には
目をつむっています。

精神健康上には、そのほうがどれほどいいかわからない。

とはいえ、ネットから情報は得ているので目にしたくないものであっても、目に入ってきてしまいます。


内閣府が発表したTPP参加時の国内GDPに与えるプラス効果が2.7兆円という数字・・・。
日本のGDPは530兆円なので、その中の僅か0.5%程度だということは、内閣府が賛成派のいう「アジアの成長を取り込んで輸出を伸ばせ」ということを

「そんなうまくいくわけはない」

と打ち消したに等しいと思っていました。

ところが、この2.7兆円という数字。何と単年ではなく10年間の累積だと知ってびっくり!

さらには、「10年間という正しい注釈をつけて報道したのは、僕の不倶戴天の敵である朝日新聞のみであったと知って、もう体から一切の気力がうせてしまいました。

10年間で2.7兆円ということは、単年で2,700億円にしかすぎないことになります・・・。何のこっちゃ?

まったくもって新聞の報道姿勢はおかしなことだらけ・・・。アメリカからお金でももらっているのだろうとしか考えられないですな。

不愉快極まりない・・・。

今日はこれまで。


2011年10月20日木曜日

果たして真意は那辺にありや?その4

民主党政権は、普天間での失策をTPPへの参加で補おうとしているのですね・・・。日経・読売・産経もアメリカべったりの現状の姿勢から、この国の真の独立への一歩を踏み出すことなく、「アメリカ様の要請ならば・・・」ということなのでしょう。それがおそらくTPP参加への真意でしょう。

しかるに、朝日や毎日の反米は一体どこへいったのか?

その真意は未だ「那辺にありや?」です・・・。おそらく、この国のかたちを滅ぼしたいのだな・・・。そのためには時に反米、時に親米・・・。

この問題では「赤旗」だけが唯一正しい!


昨日の読売には、ようやく、ホントに今になってようやくですよ、24の作業部会の項目が掲載され、そのそれぞれについての日本のメリット、デメリットが箇条書きで記されていました。もうアホらしくて
コメントする気もおこりません・・・。

「成長著しいアジアの市場を取り込め」

それが賛成派の一番の根拠ですが、その筆頭である中国も韓国も入っていないじゃないか!一体、どの「アジア」なんだ?

「中国封じ込めにも資する」

とか、要するに安全保障上の意味合いからも参加せよとか言ってるが、TPPは経済連携であってそこに軍事的な側面など微塵もないだろうが!アホか!

世の中の風潮=マスコミの論調ではないということを再認識しました。おそらくこの問題も多くの国民は参加しないほうがいいと思っているのではないか?ただ、問題は政治家がマスコミを向いて仕事をしているということで、世の中の声なき声をわかっていないということ。

心底嫌になるわ・・・。

今日はこれまで。

2011年10月17日月曜日

良書紹介

ここ1週間ほど寝込んでいた僕は、その間かなり本を読みました。

そのいくつかをご紹介します。そしてここに挙げた本が、ここのところTPPに関わる新聞記事を批判した文章のタネ本となります。順不同でご紹介しますが、まず「公共事業が日本を救う」と題された本には、世の中に流通している公共事業悪玉論の中には明らかな事実誤認や、都合のよいように書き換えたデータが数多く存在し、そんな嘘をベースに公共事業を不要にしたらこの国が滅ぶと警鐘をならしています。かなりよい本です。著者は京都大学の土木の教授です。氏の示すところによって日本の道路は先進国の中で最悪の水準であることが明らかとなり、異様に高いといわれ続けている公共事業費の、世界との比較でも、条件を同じにすればアメリカと大差はないということが書かれています。
GDP=消費+投資+政府支出+経常収支なのだから、消費と投資がデフレ下で伸びないのならば、積極財政によって政府支出を伸ばす以外にGDP成長の道はないと明確に言い切ります。その論旨が明確で小気味が良い。



「TPP亡国論」「間違いだらけのTPP」は、TPPとは一体何なのかを考えるときの必須の双璧です。どちらもきちんとしたデータを使い、そのでたらめさ、そしてアメリカの狙いを予想しており、一貫してその参加は国を滅ぼすもとだと言い切ります。TPPに関する書籍はこの2冊を読めば十分でしょう。

これだけ読めば、世に流通するTPP参加の論説のいい加減さでたらめさがすぐにわかります。これらが僕のその論説批判のタネ本です。


亡国論の著者は中野剛志。以前も紹介しましたね。現役経産相の官僚で現在京都大学へ出向中。最初に紹介した藤井聡氏のもとにいるようです。

まちがいだらけの著者は東谷聡。彼はかなり硬質なジャーナリストだと僕は思っています。西部邁主幹の雑誌でよく記事を挙げていました。








ちょっと、毛色はかわります。僕の好きな三品和広の「戦略暴走」。ずっと読んでみたいと思っていたのですが、ようやく一気に読み終えました。これは、タイトルのとおり、新規事業の失敗を「戦略の暴走」と名づけ、その原因を追ったもの。事例は様々な業種から179集められています。中でも僕にとって興味深かったのは1990年代初頭の「リゾート法」によって多くの企業が、それに参入した後の、いわば「夢の宴」の後始末。そのころ、そんな仕事に関わっていたので、他人事とはあまり思えなかった。あとは伊勢丹がバーニーズと合弁した顛末とかね。伊勢丹はその何と平均利益の9年分の損失を出したんだとか・・・。三品氏の面目躍如は今回もでていて、それは、その暴走をなした経営者そのものを出していること。その主役として必ず分析対象としています。経営は属人的な要素の強いものであり、戦略は為すではなく、むしろ読むにあるといっている三品氏の研究姿勢には大きな共感を覚えます。

最近、立て続けに本を出していますね。また次の著作が楽しみです。


最後は、最近新聞の書籍広告で多く見ていた三橋貴明の著作です。彼は2ちゃんでの書き込みが発端で、ブログがブレイクし、それがもとで作家デビューをしたのだとか・・・。面白い経歴ですが、著作も実に面白かった。タイトルは「何があっても日本経済は破綻しない本当の理由」

彼も、最初に紹介した藤井氏と同様に、世の中に流通しているデータの解釈、その嘘を暴きます。たとえば、「国の借金」という言葉遣い。彼によればそこでいう「国」は単なる中央政府のことにすぎず、「国」という言葉をつかうのならば企業、民間あわせた借金を示さなければ正しい言葉遣いとはいえないといいます。まさしくその通り。そして「国の」とした場合の日本国の借金などなく、逆に250兆円近い、黒字があり世界一の金持ちなのだと。

そして、国債発行というかたちでまかなわれる中央政府の借金は、そのまま国内の金融機関やら個人の資産となる、つまりは形をかえるにすぎないといいます。彼も積極財政によるデフレ脱却を主張します。

三橋氏の著作はかなりありますが、あと2,3冊読んでみようとは思いません。僕には好きになれない文章だから・・・。決して内容のことではありません。

今日はこれまで。

2011年10月16日日曜日

果たして真意は那辺にありや?その3

今日は、13日の日経「経済教室」の「TPP参加の意義(下)」戸堂康之氏(東大教授)によって書かれた
論説をとりあげます。

結論から言うと、氏の論説は何の価値もなく、TPP参加の意義を無理やり作り出すために相当苦労したのだなとすら勘ぐってしまう。もう情けないの一言。こういう論説を撒き散らすのは害悪だ。

氏のいうポイントは3つ。

・輸出によって企業の生産性や効率性は上昇
・世界で戦えるのに国内にとどまる企業多い
・日本の農産物は高品質で輸入品に対抗可能

まず、「生産性」「効率性」の話。

企業は「金儲け」をするたに、海外市場に進出するのであって、「生産性」やら「効率性」やらを上げるためにそれをするのではない。そんなものは海外進出の結果であって、ましてやそれが企業の目標になるのか?したがって、海外進出が成功か否かを図るは、あくまでも利益が中心となるべきだと思う。生産性、効率性を追い求めるのがいかに「儲け」を阻害しているかは「ザ・ゴール」で明らかだ!

ついで2番目。

氏は、世界で戦えるのに国内にとどまる企業を「臥龍企業」と名づけ、いくつかの事例を紹介している。もちろん、そういう企業はたくさん世の中にあると存在していると僕も思う。ただ、そういう企業に対して僕がまず思うのは「円高で大変だな」ということ。もし、海外市場のために新たな投資でもしていようものなら、償却が大変だろうと心配する。氏はそのことについては一切触れない。

それに、そういう国内の企業が海外へ積極的に出て行きたいのなら、別にTPPなぞいらないのではないか?関税で多少有利になったとしても、為替リスクでそれは相殺されてしまうと思う。むやみやたらに海外、海外というのは無責任だろう。

氏は、こういうことを言う。

臥龍企業が目覚めて国際化することは、彼ら自身の国内生産や雇用を増やすばかりではなく、彼が海外で得た日本国内の他の企業にも伝わることで、日本経済全体の活性化にもつながる。

だから、それを後押しするためにEPA(経済連携協定)が必要であるというのだ(TPPはEPAの過激な形)。笑ってしまうのは、海外から得られた知識が他の企業に伝わる云々のところ。これは要するに企業ノウハウの公開ということで、こんなことがありえるのか?自社の優位性を揺るがすことをするわけがない!もう少しまともな作文を書けと言いたいわ。

そしてやはりこう言うのだ。

EPAの中でも、米国をはじめ環太平洋経済連携協定(TPP)は日本経済にとって特に重要だ。理由の一つは貿易拡大効果が大きいことだ。

として、その後に内閣府や経産省の試算した数字をそのまま挙げている。その検証もせずに・・・。何度もいうが、TPPに参加したって日本の輸出は増えない。参加国をみればわかるではないか。それにこの円高・・・。

しかし、それ以上に重要なのはTPPによる新しい知恵や技術の創出効果である。先進国である米国、オーストラリア、シンガポールなどが参加する予定のTPPでは、特にこれが顕著であるはずだ。実際、専修大学の伊藤恵子准教授の研究によれば。先進国向けの輸出を開始した企業は生産性を向上させるが、アジア向けの輸出についてはそのような効果はない。

これなど、何を言っているのかわからない。TPPによる知恵や技術の創出効果とは一体何を指しているのか、単なる願望ではないのか?またおかしなことに、日本とシンガポールは既にEPAを結んでいるし、この輸出額がGDPを上回っている特異な通商国家に今以上の何を輸出しようとしているのか示してもらいたい。また、TPP参加国の半数以上は農業国。国内の市場ははっきり言って非常に小さい。そんな国には輸出などできないでしょ。さらにいえば、それらの国に輸出したって生産性は向上しないらしい・・・。アジア=先進国ではないという定義だろうから。しかし、生産性なんぞ二の次だろう。そんな指標を持ち出すことがよくわからない。

最後は、日本の農産品は高品質云々であるが、これは氏の願望だろう。希望的観測に過ぎない。それも何のデータもなしにこう書いている。床屋政談ですな、まるで。

氏は、「臥龍企業」があるように必ず「臥龍農家」があるはずで、きっと世界に打って出る農家も現れるはずだというのだが、僕もその可能性は否定しない。ただ、それとTPPは何の関係もない。コメの輸入量が多い国はフィリピン、ナイジェリア、イラン、イラク、サウジアラビア、マレーシア、EUがあげられるが、この中でTPP参加国はマレーシアのみ。マレーシアが日本の高品質で高価格なコメを買ってくれるとは到底思えない・・・。たとえ、関税が0だとしても。

おそらく、氏は近年のバブル経済で富裕層が多くでてきた中国を想定して書いたのかもしれないが、中国は参加国ではないし、しかもいつはじけてもおかしくない中国の富裕層をターゲットとするのは、あまりにもリスキーであると僕は思う。それに、長いスパンを必要とする農業の投資先としては不適当だろう・・・。

そもそも、仮にも経済学の専門家であるならば、日本国内の高価格なブランド米が国内で消費できるよう日本国民の所得を上げることを考えるのが先ではないのか?

いやはや、あまりにもお粗末な記事でほんとにびっくりです。日経もこんなので「だからTPPは参加しろ」というのだから、お里が知れるというもの。


参考にした書籍は次回アップします。

今日はこれまで。









2011年10月15日土曜日

果たして真意は那辺にありや?その2

今日は、昨日の続きつまり日経「経済教室」記事のでたらめさを書こうと思ったのだが、13日に韓国とアメリカのFTAが正式に決まったという記事が出たので、それについてちょっと書こうと思う。

察しのつくとおり、米韓FTAの発効に伴い日本の企業は韓国勢に対してますます劣勢になるから、はやくTPPに参加しろということらしい記事なのだが・・・。

韓国と日本ではその国情が全く異なるのに、その違いをきちんと知らせることもなくただただ危機感だけを煽るというのは、一体どういう了見なのか?

ちなみに、ソースは13日の読売新聞夕刊。副の見出しにこうある。

日本の輸出産業に逆風

基礎となる数字、対GDP輸出額比率についてだが、(財)国際貿易投資研究所 国際比較統計によると、日本のそれは2009年で11.46%、韓国のそれは43.44%である。ちなみにアメリカは7.48%でかなり低い。この数字でわかることは、日本は輸出大国ではないということだ。

このデータを見る限り、そのことは一目瞭然なのだが、どうも日本人は

日本は少資源国だから、海外から原材料を輸入してそれを加工して外国に売らないとだめ。そのために外貨を稼がないといけない。輸出は最重要。

という子供のころに習ったことが刷り込みとして事実を見る目を曇らせているのではないかと思っている。まさにイメージ先行・・・。イメージ先行といえば、小学生の頃「狭い日本 そんなに急いでどこへ行く」という交通標語があった。日本は狭い国土だと思っているのは日本人だけで、世界には日本より狭い国土面積の国はたくさんある。そんなたぐいのものかも知れない。

そういう刷り込みがあるものだから、輸出産業の花形である自動車、例えばトヨタとか日産とか、そういう大企業の業績がそのまま日本の経済にストレートに影響を与えると思ってしまっている。そんな気がする。たかだか1割強の比率である。

さて、韓国は輸出をしなければ国の成長を実現できない国だという事実。一方の日本はそれとは全く異なる。その国情の差を正確に把握しなければ比較などできない。一般大衆はいいとして、新聞こそそういうことを知らしめなければならないだろう。

副題にあるように「輸出産業に逆風」とあれば、刷り込みされたひとたちは「すわ一大事!」と思ってしまうのではないだろうか。ミスリードもきわまれりだ。

米韓FTA発効後は、韓国製自動車(トラック以外)が米国で売られる場合にかかる関税2.5%が0になる。一方日本製は価格に2.5%が上乗せされるため、価格競争力で不利になるのだという。

ちなみに、僕もつい最近知ったのだが、日本における輸入車の関税は1978年に0になっている。自動車に関しては世界で最も開かれた市場らしい。これには驚いた。ということは、おそらく日本人は輸入自動車を不当に高く買わされているのかもしれない。とはいえ、それが海外メーカーのブランド戦術ならば成功事例。

と、ここまで書いて気づいたが、日本の道路交通法の規定がまさしくアメリカの言っている「非関税障壁」なのかも・・・。ウインカーの色とか細かく規定があるからね。それにあわせて改造したら、やはり高くなるのかな?関税0でも。


さて、記事に戻る。

新聞は大事なことをまたも伝えていない。アメリカで売られる韓国製自動車の55%は現地生産なので、関税などそもそも関係ないから、それで価格競争力で有利になるというのはストレートにはつながらない。また日本車にいたっては、全体の約6割が現地生産だし、ホンダにいたっては8割が現地生産なのだ。したがって、関税の有無はあまり関係がない。

輸出品のもうひとつの花形である家電品は、さらに現地生産の比率が高いのではないか?これは調べていない。

韓国経済は確かに最近は元気がいい(ように見える)。日本の家電メーカーが韓国勢にやられっぱなしだし、韓流ドラマ、韓流タレントを日本のテレビで見ない日はないほど・・・。

しかし、その元気の源はウォン安にある。だから韓国製品は世界を席捲しているのだといえる。これは関税とは全く関係ないし、そのおかげで輸出産業は恩恵を受け、逆に輸入品は高騰している。Webで閲覧できる韓国の「聯合ニュース」によれば、急激なウォン安によって輸入食品が高騰して、何でもマクドナルドの韓国の時給(日本円で320円)では、バナナ一房も買えないのだとか。

それが普通の姿だろうか?

おそらく、韓国国内での大騒動、暴動へと簡単にエスカレートしそうなそれは、FTAの正式な発効後かも知れない。5年以内に95%の関税が撤廃されるというし・・・。重ねていうが、韓国は輸出を伸ばさなければ生きていけない国。その痛みも受けざるを得ないのかも知れない。

ただ、日本は違う。その違いを正確に知ることが必要だ。

今日はこれまで。



2011年10月14日金曜日

果たして真意は那辺にありや?その1

いよいよTPP交渉参加に向けての動きがきな臭くなってきました。つい2,3日前には野田首相が参加へ向けた地ならしを行うよう指示を出したとかという記事がありました。

この問題での僕の大きな問題は、以前から書いていますが日本の全新聞が賛成していること。これはちょっと異常な状況だと思うし、ある意味で恐ろしいことであると思っています。

ちなみに、アマゾンで「TPP」と検索すると、出てくる本は皆反対派の本で、賛成派の本は一冊もないんです。マスコミはそろって賛成なのに、このいびつさは一体どういうことでしょう。

読売も日経も、最近になってようやく「医療」「労働」「政府調達」などの交渉もあることを書き始めましたが、「交渉に参加しなければその中身もわからない」から「参加しろ」とかいう始末。何があってもその結論を変えようとはしません。

いやはや、まったくもってわからない。

日経は、12日、13日と「経済教室」の紙面で「TPP参加の意義」を載せています。一人は木村福成という国際貿易論が専門の慶応の教授、もう一人は戸堂康之という国際経済学、経済発展論が専門の東大の教授が書いています。

素人の僕が読んでも噴飯物です。大学教授は馬鹿でも務まることの見本かも知れません。空疎な言葉のオンパレードです。

今日は、最初の一人木村福成氏の論説のおかしさを指摘します。

記事にはポイントとして次の3つが書かれています。

・日本は自由貿易体制の維持に責任を果たせ
・FTAで途上国より自由化度低いのは問題
・不参加ならば東アジア経済統合の質下げる

まず最初のポイントですが、氏は自由貿易体制は一種の国際公共財なのだとしています。これはそうなのかも知れません。ただ、その維持の責任を果たせということは、氏の中で「いまそれは崩壊の危機に瀕している」という思い込みがあるのでしょう。しかし、そんな自由貿易体制が崩壊の危機だとは僕は寡聞にして知らない。 さらに、氏のいう自由貿易体制は関税0がその定義で、関税があっては自由貿易とは言わないのでしょうか?自由貿易の恩恵で日本は戦後復興したのだから、その恩恵を広く世界に与えるべきだというのは分かりますが、自由貿易とはいいつつも保護的な関税品目があるのが当然の世界でしょうが!一体、この人は何を言っているのだか・・・。

ちなみに日本が果たす国際責務は、世界貿易会議の報告書に「アメリカにかわって世界経済の牽引役になること」とあります。責務というか、期待感ですね。そうです。もっと日本の内需を増やせとその報告書は言っているのです。

次のポイントですが、僕にはこの何が問題なのかが理解できない。日本・ASEAN経済連携協定の貿易自由化度という表を載せているのですが、関税率が0となる品目数が日本は少ないということを問題だとしているらしいです。先進国は途上国に対して度量を示せと・・・。確かにそうなのかも知れませんが、日本はASEAN諸国に対しては多額の政府開発援助を与えてきているし、一方的に彼らを収奪・搾取しているわけではない。もっと多面的にみる必要があるだろう。コメの輸出国タイとの交渉では、タイ国内への農業技術の提供や、貧困対策などを日本が援助することの引き換えに、タイのコメの自由化要望を取り下げさせたという経緯もある。こういう、交渉の結果としてその数字になっているわけであって、ただ自由化度が少ないということだけで批判の対象になるのだろうか?

さらに、この人は最近のFTAは関税0が98~100%だという世界の潮流だといって、「関税」という国境措置ではなく、国内補助金への切り替えが必要だといっているから驚く。ということは、今よりも補助金漬けにしろということなのか?


最後のポイントについては、まさしく噴飯ものだ。氏は「21世紀型地域主義」という言葉を使い、その構築への貢献も日本が担う国際的責務だというのだが、果たしてそれは何を意味し、何をするものなのかという説明がないまま、その言葉を使っているのはおかしくないか?先ずは氏のいうそれがいったい何なのかを説明するのが筋だろう。これではまるで民主党政権のキャッチフレーズと同じではないか・・・。

氏はこんなことも言う。

世界貿易機関(WTO)がグローバリゼーションに対応する政策の拡張に失敗する中で、新たな国際経済秩序の構築の尖兵は柔軟性に富む地域主義となってきた

これもとってつけたようなもの。WTO加盟は150カ国。そんな中で加盟国共通のルールを決めることは困難だ。原則賛成、各論反対はどこの世界にもあることだ。だからこそ、各論だけを決めようということで、2国間、または地域間で交渉するようになっただけで、それは極めて普通のこと。国際経済秩序の構築とか、そんな大それたものではないと思うが・・・。150カ国では一致は無理だが、2国間あるいは10数カ国とかならまとめられるだろうということに過ぎない。

どうです?最初に言いましたが、素人の僕にですらこれだけの指摘ができる。

最後に、氏はこう言うのです。

世界共通後である経済学の論理に耳を傾けず、国内政治の問題を自ら解決できず、国際的責務を果たさずにう内にこもる国、他国の冷笑を浴びるような国になってはいけない。

僕からすれば、飢えた大男の前に「鴨がねぎを背負って前にでる」(中野剛志の言葉)ようなTPPに参加すること、そのものが「冷笑」をあびることそのものです。

「国益を考えずにアメリカの言いなりになる国」。これはTPP参加国のうちアメリカ以外の国の冷笑。

一方のアメリカは「またもこんな簡単な餌に食いついてきた・・・」という冷笑です。

氏の言う「経済学の論理」でいえば、この国の状況を何とかしようと考えるとき、まずはデフレからの脱却が急務であり、この10年以上続くデフレの状況下で、何をどう考えれば「自由貿易」などというますますデフレを加速させるような政策に賛成するのか?それこそ経済学の論理に反してはいないか?


今日はこれまで。

2011年10月6日木曜日

哀悼

スティーブ・ジョブズが亡くなった。

僕自身が感じているこの喪失感とも形容できるような感情はいかなる理由か?一経営者が亡くなったに過ぎないのに・・・。

以前ここで書いた。初めてマックを買って触った時の感動。そしてすぐに、その裏でそれを作り出した人間をすぐに考えたこと。それが彼だったわけで、何とも言いようがない。まだ56歳というからな。

彼の作り出した「モノ」によって、一体世界のどれだけの人が恩恵を受けたのか?想像もつかない。

ホントに残念。ただそれに尽きる。筆も進まん。

今日はこれまで。


2011年10月4日火曜日

市場は万能か?

昨日(10月3日)の日経社説には絶望した。決して大げさな表現ではなく、世の中のほとんどの経営者が読む、つまりは責任ある人々が読むであろう新聞としてこの程度のレベルかと絶望したのである。

読み返したくもないので引用はしないが、要するに日本が成長するために戦略が必要で、そのためには規制緩和が急務だというのである。そこには市場こそが万能であるという妙な思い込みがある。

この論調、数年前の小泉・竹中の叫んだ「構造改革」と同じであることに気づく。その結果日本の社会がどうなったのか忘れているのだろうか?あの結果が今の社会であり、今の社会を非とするならば、あの「構造改革」なるものが失敗だったと認めるざるを得ないということになるのだが、おそらく彼らは「あれは中途半端だった」というのだろう。

想起してほしいのは、日本の自殺者が3万人を超えるようになったのはあの絶叫とともにであり、ワーキングプアだとか、下流社会とかいう言葉が出てきたのも同時期である。

同社説は、お決まりの「日本農業の大規模集約化」を言う。要するに効率をあげろというのだ。そして国内市場だけでなく積極的に海外市場を取り込むべきだというのだ。彼らのいう海外というのは、「成長著しいアジア市場」が念頭にある。だからTPPに参加しろと言ってるからね。しかし、TPP参加国のうちアジアと呼べるのはシンガポール・ベトナム・ブルネイ・インドネシアくらい・・・。日本の高い
農産物を買ってくれる国はないとみるのが自然だ。

仮に、農業が輸出産業として大成したとしよう。そしてそれが日本経済全体の底上げにつながるとしよう。そうなればますます円高は進行するのではないか?自家撞着だ。

こんなことも言ってたなぁ。「混合診療も認めろ」と・・・。保険適用薬品と、適用外薬品を消費者(つまりは患者)に選択できるようにするべきだと。そううすれば医療薬品分野での技術革新が進むと言っている。

これは要するに、「貧乏人は死ね」ということだね、極端にいえば。適用外薬品というのは、海外で開発されて海外で使用されている薬品のこと。なぜ日本が認可しないがわからないけど、適用外だから値段も高い。それを使えるのは高所得者に限られるでしょ。

ちなみに、TPPの交渉項目にはこの分野(医療)も入っている。参加したらこのようになる。株式会社の病院が出来て、医療過失裁判のリスクの高い診療科目(よくわからんけど、産婦人科とかかな?)は敬遠されるだろう。それすらも市場原理にまかせていいのだろうか?


よく彼らは「グローバル化」の波に乗り遅れるな、それが世界の潮流だという。不思議なのは、乗るのはいいが、問題はその乗り方。もっといえば、グローバル化などというのはアメリカ化と同義語だ。抵抗したってよいではないか。この国にはこの国の国柄がある。

ホントに日経にしろ、読売にしろ、新聞のいうアホな論調にだまされないで欲しい。ほんの少しの想像力を働かせてくれればいいのだ。それには普通名詞でなく、固有名詞で考えればいい。

今日はこれまで。


2011年9月30日金曜日

絶筆・・・でもないか

10歳の娘は国語で「ごんぎつね」を習っています。

あの話から、何か教訓を見つけようというのは困難です。というよりも、それを何からでも得ようと思うのが間違っている。

本居宣長のいう「もののあはれ」とは、ただあるがままを感じることにこそ価値があるのだということ。その顰に倣っていえば、ごんを撃ってしまった兵十が、これから背負っていくであろう贖罪の意識、おそらくそれは苦しみだろうと想像できますが、それだけを感じ取れればいいのです。

おそらく、ひとは悲しみを悲しみのまま背負って生きていくことはできないが、苦しみは背負って生きていくことができる。悲しみは時が癒すが、苦しみは時が癒すことない。例えば親しい人との死別による悲しみは、その根源を辿れば「言うべきことを言えなかった」「為すべきことを為さなかった」という身悶えであり、それは苦しみではないか・・・。釈尊がとうの昔に言い表した「愛別離苦」は、まさにこの通りのことだ。

苦しみ・・・。


乃木大将の自裁に対して、「こころ」の先生は次のように言った。

乃木さんはこの三十五年の間死のう死のうを思って、死ぬ機会を待っていたらしいのです。私はそういう人にとって、生きていた三十五年が苦しいか、また刀を腹へ突き立てた一刹那が苦しいか、どっちが苦しいだろうと考えました。
乃木希典という克己の人だからこそ、ずっと持ちえた苦しみかも知れません。昨日の続きでいえば、誰もこの自裁を否定できないでしょう。どんな言葉を持ってそれを否定しても、それは非常に薄っぺらいものになると僕は思います。

苦しみ、痛みと置き換えてもいいが、人はすべてそれを心の中に秘めていると思う。僕の場合なら、人には決して言えぬそれがある。僕も含めて普通の人はそれを誤魔化して生きている。でもやはり心の奥底には苦しみがある。意識するしないに関わらず、皆それを感じているはず。でも、もしかしたらそれこそが他人への配慮や、優しさの原資なのではないだろうかと僕は考えている。

ほんの少しの想像力をはたらかせて、自分と同じ苦しみを持つものとして他人を見ればいいのです。問題はその想像力を持ちえるか否かということ。



昨日書いた「普通名詞でしか考えない日本人」という現象こそが、実は以前書いた「底の浅さ」や、「薄っぺらな社会が恐ろしい」の根源にあるような気が僕はしている。これ以上のことは今は書けない。ただ「何かが絶たれている」という喪失感を僕はこの国に感じざるを得ない。おそらくそれはかつてのこの国にはあったはずだと僕には確信めいたものがあるのだが、その「絶たれた」ものは何なのかうまく表現できない。でも確実にそれは「絶たれている」。

その「絶たれている」何ものかが復活し、豊かな音色を奏でるときが巡ってくるのか、それとも永久にこないのか、僕自身はその未来に絶望にも似たものを感じている・・・ということを表白して昨年10月から毎日書き続けていたこのブログの更新を、一旦はとめることにします。

今後は書きたい時に書きます。

それでは皆さまごきげんよう。